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八女市の由来と歴史八女遺産八女の民話
 
福島城は天正15年(1573年)、筑紫広門が郡内支配の拠点として立てていた館を関ヶ原合戦後田中吉政が大改造し、上妻郡支配の拠点として構えたと伝えられています。
それ以後福島町は城下町として発展していきました。福島は久留米藩主「有馬豊氏」の領地となり、そのあと幕府の一国一城令で取り壊しになりました。
また、この八女公園には東洋の「バルビゾン」として、八女をこよなく愛し、昭和33年に文化勲章を受章した故坂本繁二郎画拍(1969年没)の銅像が建てられている。
毎年、文化の日には、同画伯をしのび銅像前で「帰居祭」が行われています。
〈所在地〉八女市本町 〈交通〉堀川バス八女学院前徒歩1分


北部九州最大の前方後円墳で墳丘長約135m、後円部径約60m、前方部幅約90m、高さ約17m、周堤を含めると185mにもなります。古墳の東北部には祭祀が行われていた別区を持っています。その規模や内容が筑後風土記の逸文とほぼ合致することから、古事記や日本書紀にも登場する「筑後国造磐井」の生前に造った墓といわれ、築造者と築造年代が判明している貴重な古墳です。昭和30年に国指定となりました。未調査のため古墳内部についてはあまり分かっていませんが、電気探査により小型の横穴式石室らしきものの存在が確認されました。100点以上出土した石人石馬などの阿蘇凝灰岩製石製品は、現在は岩戸山歴史資料館に展示されていますが、江戸時代福島城の城壁などに石材として使用された悲しい過去もあります。
〈所在地〉八女市大字吉田 〈交通〉西鉄バス福島高校前から徒歩5分


直径約48mの大型円墳です。昭和31年に県指定となりました。主体部は複室の横穴式石室です。玄室には凝灰岩製の巨大な石屋形があり、中にはくり抜きの石棺が納められています。6世紀後半のものと思われます。地元では古来から、中国から渡来した徐福の墓ということで旅の安全祈願の対象として、童男山(どうなんざん)という名称から耳の神様として祀られてきました。毎年1月20日には、地元の川崎小学校の児童により「童男山ふすべ」が行われます。
【童男山ふすべ】
紀元前3世紀末に秦の始皇帝の命令で渡航した徐福をふすべて介抱したのが始まり。
“ふすべ”とは方言で焚き火のこと。
〈所在地〉八女市大字山内〈交通〉堀川バス上山内から徒歩5分


乗場古墳(のりば)
〈所在地〉八女市大字吉田 〈交通〉西鉄バス福島高校前から徒歩3分

丸山塚古墳(まるやまづか)
〈所在地〉八女市大字宅間田 〈交通〉西鉄バス福島高校前から徒歩20分

丸山古墳(まるやま)
〈所在地〉八女市大字本、八女労働者体育館センター入口 〈交通〉堀川バス忠見から徒歩5分

茶臼塚古墳(ちゃうすづか)
〈所在地〉八女市大字宅間田 〈交通〉西鉄バス福島高校前から徒歩20分

岩戸山4号古墳(下茶屋古墳)
〈所在地〉八女市大字吉田 〈交通〉西鉄バス福島高校前から徒歩10分

立山山古墳群〈所在地〉八女市本

釘崎古墳群(くぎさき)〈所在地〉八女市豊福地区

鶴見山古墳(つるみやま)〈所在地〉八女市豊福地区

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