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八女市の由来と歴史八女遺産八女の民話
 
「八女津媛神社(矢部村)」
わが国最古の歴史書「日本書紀」に“この地に女神あり、その名を八女津媛といい、常に山中にあり”という一節があり、これが八女という地名の由来です。八女市には国指定史跡の岩戸山古墳をはじめ多くの古墳群が広がり、埴輪や石人・石馬など重要な遺物が数多く出土しています。更に江戸時代には八女地方の物産集積地として栄え、政治・経済・文化・交通の中心地となりました。
 

 この福島の地には古くから人が住んでいます。延暦3年(784年)、福島村と稲富村の村人が豊後国宇佐八幡宮から榊を持ち帰り、福島城址の場所に勧請し八幡宮を建立したと古い記録にあります。現在の土橋八幡宮です。
 戦国時代末期になると山下城(立花町)城主・筑紫広門が福島に出城を築いています。
 慶長6(1601年)、柳河城に入城し筑後国領主となった田中吉政が、福島城を支城として整備しました。城を囲む三重の堀の中堀と外堀の間、南半分には往還道を通し、城下町が作られました。元和6年(1620年)、久留米藩有馬氏が当地を治めるようになり、福島城は廃城になりましたが福島町は残されました。地割、堀割跡の水路、屈曲した道路、枡形など当時に名残は、現在でも見ることができます。
  その後は八女地方の交通の要衛として、また、物資の集散地として発展していきました。江戸末期から明治、大正期には、和紙、櫨蝋、提灯、仏壇、石工品、茶、林業などの産業で栄え、旧往還道沿いに町家が立ち並びました。
 

【幻の遷都計画】

昭和18年に日本軍の南下作戦に伴い、首都を東京より移す計画が持ち上がりました。その候補地になったのが、岡山・ソウル・そしてここ八女福島でした。八女は台風などの災害が極めて少ない地域で、食料の供給や交通の便利もよいことから候補地の一つとなったそうです。しかし、この計画も戦況の悪化で中止となってしまいました。今ではこの幻の遷都計画を知る人もほとんどいません。

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